教室の「ざわめき」と全校集会の「静寂」を、同じモデルで再現する(モデルと実験の詳細)
自習中、静かだった教室が気づくとざわざわしている。全校集会で、最初は騒がしかった体育館が、いつの間にか静まっている。この2つの現象を、生徒1人ひとりの「話す・黙る」というごく単純なルールだけで再現できるかを、マルチエージェントシミュレーションで試しました。note記事では結果を中心に紹介しているので、このページでは、モデルの定義、パラメータ、実測値との照合、実験の詳細を、まとめて記録します。
誰にも「騒がしくしろ」「静かにしろ」とは命令していません。それでも、周りの音量に合わせて各自が話したり黙ったりするだけで、教室や体育館全体の「騒音」と「静寂」が立ち上がってきます。
1. 方針
- 説明できることを、現実の完全な再現よりも優先する。少ない変数とルールから始め、現実との違和感を見つけるたびに、ルールを1つずつ足す。
- シミュレーション本体(状態遷移)と、可視化・音声化は分離する。
- 各実験は、乱数のseed(種)と設定を保存し、後から再現できるようにする。
2. モデル
2.1 生徒(エージェント)
生徒 i は、時刻 t に「話している(1)」か「話していない(0)」の2値の状態 X_i(t) を持ちます。時間は1ステップ=1秒です。毎ステップ、全員が同時に、次の確率で状態を決め直します。
2.2 ざわざわ度(絶対音量 dB)
生徒が感じる周りの音量 L_i は、**絶対音量(dB)**で表します。話している他の生徒の声を、距離の逆2乗で減衰させて足し合わせ、dBに換算します。
L_i(t) = 10·log10( 10^(b/10) + 10^(s0/10) · (1 + reverb) · Σ_j [ X_j(t) / max(d_ij, 1)^2 ] )
- b = 30 dB:誰も話していないときの背景音量
- s0 = 60 dB:1人が1m先で話したときの音量
- d_ij:座席間の距離(m)。席の間隔は1m。1m未満は1mとして扱う
- reverb:反響による割増し率(2.7節)。校庭は0、体育館は1
初期のモデルは、「周りの何割が話しているか」という割合(0〜1)で周囲を表していました。しかしそれでは、人数が多い会場ほど音が大きくなる、という当たり前の効果が表現できず、教室と集会の違いも見えにくかったため、絶対音量に変更しました。
2.3 快適なざわざわ度の範囲と、話す・黙る確率
各生徒は、話しやすいと感じる音量の範囲 [θ_lo, θ_hi] を持ちます。下限 θ_lo より静かだと話しにくく、上限 θ_hi よりうるさいと(居酒屋のように)話すのをやめます。範囲の内側にいるとき、話しやすさ c_i が高くなります。
c_i(t) = σ( β·(L_i(t) − θ_lo,i − π_i(t)) ) · σ( β·(θ_hi,i − L_i(t)) )
P(話していない → 話す) = b_on + r · c_i(t)
P(話している → 黙る) = b_off + r · (1 − c_i(t))
σ はシグモイド関数、β は閾値付近で確率がどれだけ急に変わるかを表す感応度です。b_on と b_off は、周りと無関係に起きる自然な変化(ふと話し出す、話が途切れる)、r は1ステップあたりの確率の上限で、時間の進み方を調整します。π_i は外からの圧力で、2.5節で説明します。
図1は、生徒1人(θ_lo=66dB、θ_hi=75dB)の確率を示したものです。快適な範囲では、話し始める確率が高く、黙る確率が低くなります。
2.4 個人差
全員が同じ閾値だと、全員が同時に動いてしまいます。そこで、θ_lo と θ_hi は、集団の平均を中心に、標準偏差5dBの正規分布から生徒ごとに決めます(θ_hi は θ_lo より3dB以上高くなるようにしています)。この平均を動かすことが、集団の「性格」を変えることに対応します。
2.5 外からの圧力 π(「そろそろ静かにしよう」)
基本のモデルでは π_i = 0 で、外からの働きかけはありません。後の実験(4.6節)では、「合図を感じて静かにしようとする生徒(感知者)」を一定の割合で混ぜます。
π_i(t) = γ · E(t) · a_i
E(t) は、「そろそろ始まる」という合図の強さで、80秒ごろから上がり始め、200秒で最大(1)になります。a_i は、感知者なら1、そうでなければ0です。γ = 20 dB なので、感知者は、合図が最大になると、事実上ほとんど話さなくなります。感知者は、集団の中からランダムに選びます。
2.6 会場と実験設定
| 項目 | 教室 | 全校集会 |
|---|---|---|
| 人数 | 40人(8列×5行) | 1000人(50列×20行) |
| 席の間隔 | 1m | 1m |
| 開始時に話している人 | 4人(10%) | 600人(60%) |
| 観察時間 | 10分(600ステップ) | 10分(600ステップ) |
| 反響 reverb | 0 | 校庭0、体育館1 |
反響は、「聞こえる音の強さが (1 + reverb) 倍になる」という単純な扱いです。reverb=1 は約+3dB に当たります。
2.7 パラメータ一覧
| 記号 | 意味 | 値 |
|---|---|---|
| b | 背景音量 | 30 dB |
| s0 | 1人が1m先で話す音量 | 60 dB |
| β | 感応度 | 0.5(dBあたり) |
| r | 確率の上限 | 0.1 |
| b_on | 自発的に話し始める確率 | 0.0001 |
| b_off | 自発的に話をやめる確率 | 0.02 |
| 個人差 | θ_lo、θ_hi の標準偏差 | 5 dB |
| γ | 合図に対する感知者の反応 | 20 dB |
3. 実測値との照合
モデルが出す音量が、現実の範囲と大きくずれていないかを確認しました。話している生徒の割合に対して、生徒が感じる音量の平均を、会場ごとに描いたものが図2です。
- 教室:児童が在室して授業をしているときの実測は、おおむね58〜72dB(LAeq)とされています。モデルで、話している割合が75%のときは約67dBで、この範囲に収まります。
- 体育館:体育の授業などでの実測は、中央値で約80dB、範囲は68〜90dBとの報告があります。モデルで、反響を1としたときは、75%が話して約74dBで、報告の下限に近い値です。
参考にした値は、公開された文献の要約から取った目安で、原典での詳細な確認は今後の課題です。また、体育館の値は、体育の授業や行事のものであり、座って話している全校集会の入場時の測定は、見つけられていません。
4. 結果
特に断りがなければ、図の薄い線は、乱数のseedを変えた個別の試行です。
4.1 教室:騒ぎが立ち上がる学級と、立ち上がらない学級
教室(40人)で、下限 θ_lo の平均を変えたときの時間変化が図3です。θ_lo が低い(話しやすい)集団では、開始時の4人から、騒ぎが全体に広がり、話者が6〜7割で安定します。θ_lo が高くなると、立ち上がらない学級が増えます。
騒ぎが10分以内に立ち上がる確率は、θ_lo が64dB付近から急に下がります(図3b)。開始時の話者が多いほど、立ち上がりやすくなります。
4.2 教室:騒ぎと静けさの行き来
立ち上がるかどうかの境目付近(θ_lo=66dB)では、同じ教室が、騒ぎと静けさを何度も行き来します(図4)。「さっきまでうるさかったのに、急に静かになった」という体験に似た動きです。
4.3 全校集会:校庭と体育館
全校集会(1000人)で、開始時に60%が話している状態から、10分間の変化を見たのが図5です。校庭(上段)では、θ_lo が70dB付近を超えると、騒ぎが静まります。体育館(下段)では、この範囲(〜72dB)では静まりません。
同じ集団でも、会場の反響が大きいほど、静まる境目が、高いθ_loのほうへずれます(図6)。反響なしの校庭では、θ_lo≒70dBで静まりますが、反響を+100%(約+3dB)にすると約74dB、+400%(約+7dB)にすると約78dBまで、静まる境目が上がります。
なお、反響を「聞こえる強さの倍率」として扱っているため、境目が反響のdB分だけずれるのは、定義から自然に出る結果でもあります。
4.4 騒ぎが消える仕組み
校庭で、θ_lo を少しずつ上げたときの定常状態を見ると(図7)、騒ぎは少しずつ小さくなり、ある点で突然消えます。θ_lo が60dBのとき、話者は約63%、68dBで約39%、69dBで約28%と滑らかに減りますが、70dBでほぼ0になります。
右の図は、騒ぎが続いているときの、「生徒が感じる音量 − θ_lo」の平均です。この「余裕」が60dBで約10dB、68dBでほぼ0dBまで縮み、それ以上で騒ぎを支えきれなくなります。静まる境目は、その会場で3〜4割が話している状態の音量の近くにあります。
4.5 快適範囲の上限が果たす役割
上限 θ_hi を加えたことで、騒ぎの大きさに天井ができました。θ_lo と θ_hi を同時に変えると(図8)、静まるかどうかは主に下限が、騒ぎの大きさは主に上限が決めることがわかります。
4.6 学年のラベル
快適範囲を、小学生・中学生・高校生・おとなの4つの集団として並べました。これは筆者の主観によるラベルで、各学年の実測値ではありません。
| 快適範囲(平均) | |
|---|---|
| 小学生 | 58〜80 dB |
| 中学生 | 66〜75 dB |
| 高校生 | 69.5〜73 dB |
| おとな | 71〜72 dB |
学年ごとに、教室・校庭の集会・体育館の集会で10分間放置した結果が図10です。
| 教室 | 校庭の集会 | 体育館の集会 | |
|---|---|---|---|
| 小学生 | 必ず立ち上がり、約76%が話し続ける | 約76%のまま | 約70%のまま |
| 中学生 | 28%の学級で立ち上がる | 約50%で止まる | 約50%で止まる |
| 高校生 | 立ち上がらない | 約5〜20%まで下がるが、残る | 約35%で止まる |
| おとな | 立ち上がらない | 約2分で静まる | 約26%で止まる |
おとなでも、体育館では、10分たっても約4分の1が話し続けます。
座席の様子で見ると、教室では、数人の発話が周りに広がっていき(図12a)、おとなの校庭の集会では、話している生徒が全体から減っていきます(図12b)。
4.7 教室のまとめ
教室(40人)の結果を、4つの指標でまとめたものが図13です。学年が上がるほど、騒ぎは立ち上がりにくく、静めやすくなります。
③の「急に静まる割合」は、騒いでいる状態から始まる10分の窓のうち、話者が10%未満まで下がった割合で、中学生で約43%です。
4.8 静かにしようとする人が、何割いれば静まるか
「先週こっぴどく言われたから、今週は静かにしよう」という生徒(感知者)を、集団にランダムに混ぜ、何割いれば静まるかを調べました。
**体育館(1000人)**では、感知者が1割いても、ほとんど変わりません(話者割合は、小学生で70%→66%、おとなで26%→20%)。全seedが10分後に静まる最小の割合は、**おとなで約35%、高校生で約60%**で、中学生と小学生は100%でした(図14)。おとなや高校生では、感知者の分を超えて静まります(連鎖)。小学生・中学生の曲線は、ほぼ感知者の分だけ減る形です。
**教室(40人)**では、中学生は約40%の感知者がいれば、全seedが静まります。小学生は、80%で94%のseedが静まり、全seedが静まるのは100%のときです。高校生とおとなは、感知者がいなくても、騒ぎが立ち上がりません。
どの学年でも、体育館のほうが、静めるのに必要な割合が大きくなります。
5. 音声化
シミュレーションの発話状態を、音声に変換する仕組みも作りました。発話中の生徒1人につき、1秒に約3.5回、声の高さの異なる短い音を鳴らし、全員分を重ね合わせます。校長(壇上)や先生(黒板の前)の位置から聞こえるように、距離による減衰と左右の定位を付けています。
音量は、モデルと同じ物理(1人が1m先で60dB、距離の逆2乗、反響)で決めており、デジタル値と絶対音量(dB)の対応を全ファイルで固定しています。書き出した音声の平均音量は、モデルの予測と、0.2dB以内で一致しました(図18)。
このページでは、音声ファイルは掲載していません。
6. 限界と今後
- 実測値との照合は目安です。体育館の値は、体育の授業や行事のもので、座って話す全校集会の入場時のものではありません。
- 反響は単純化しています。聞こえる強さを倍にするだけで、残響の時間的な広がりはモデルに入っていません。
- 学年のラベルは主観で、各学年の快適範囲を実測したものではありません。
- 感知者のランダムな選び方は、現実の「仲のよいグループ」のような固まりを考えていません。
- **教師の「静かにしなさい」**は、まだ実験していません。モデルには、教師が騒音を検知して介入する機能がありますが、強度や時間は仮の値のままです。
次の課題は、教師の介入の効果、座席配置(誰がどこに座るか)の影響、座席アニメーションと音声を同期した動画の作成です。
参考文献
- 学校環境衛生基準における教室の騒音基準(窓を閉じて等価騒音レベル50dB以下、開けて55dB以下が望ましい):岐阜県「学校環境衛生基準」
- 教室の実測(在室時の騒音レベル):Shield & Dockrell(2004)、Dockrell & Shield(2006)
- 体育館の実測:Sound and noise in high school gymnasiums、Acoustics in physical education settings
